reform shop 太陽  森 誠志郎のブログ

大阪狭山市でリフォーム会社を営む私の趣味や日常を綴るブログです☆ 
『リフォームの施工例』は右側のカテゴリー内からご覧頂けます!
『史跡・寺院・古墳巡り』も見て下さいね(^_^)/
『昭和音楽鹿鳴館』メンバー紹介…ベース「IT企業戦士ニヒル」

熱苦しい昭和音楽鹿鳴館のメンバーの中にあって、一人だけ知性的で都会的な香りがする伊達男がいる…

それが『IT企業戦士ニヒル』だ!


実はこのバンドを始めるにあたりドラムのポリエチレンと私はベーシストにはかなりの拘りがあった…


教科書通りのキッチリした演奏をするベーシストではなく、ドラムと一体になってグルーヴ感を生み出せる…
それでいて前に出すぎない、そんなベーシストが必要だった。


色んな名前が上がったが悩んだ末にポリエチレンが出した答えは酒呑み友達でもあり「ラジコン仲間」の彼だった(笑)


長年プロとして色んなベーシストと合わせてきたポリエチレンが一番息が合うのが不思議と酒仲間で趣味友達と云うのは、気心が分かり合え、感性が近いからなのだろう…


IT企業戦士ニヒルは多くを語らずもの静かなイメージだが、内に秘めたる情熱は熱く…
例えるなら『北斗の拳のトキ』なのだ


彼はいつ会っても指先がボロボロに皮がめくれていて「俺…めっちゃ練習してきたで!」と白状すればいいのに絶対に言わない!(笑)

「ニヒル…指ボロボロやん!」と言うとニヤリと微笑むのである(気持ち悪いぜニヒル!!)


新しいベースを購入した時も、普通なら嬉しさのあまり

「俺…ベースこうたで〜」

とか言うものだが彼はシレ〜ッとした顔で、あたかも前から持っていたかの様に新しいベースを弾いていた…




『まさにニヒル!』



IT関連企業で働く彼の最近は出張で大阪⇔東京を行ったり来たりの毎日(身体壊さん様にせぇよ〜)
彼はおそらくこのブログを読んでも微笑を浮かべ、ただニヤリとするだけなのだろう。

そう…それが『IT企業戦士ニヒル』なのだ! 

| 森 誠志郎(もり せいじろう) | 昭和音楽鹿鳴館メンバー紹介☆ | 19:49 | - | - | - | - |
『昭和音楽鹿鳴館』メンバー紹介…ギター「ガッツ」



ガッツは若きギタリストで まだ38歳だ(笑)

歳上3人衆の中に混ざり気遣いや目には見えない心労もあるかもしれないが今や志を共にする大切な仲間なのだ(^_^)

彼は私と同じくリフォーム会社を営む、いわば同業者なのだが腰の低さと愛嬌のある笑顔、
そして持ち前のガッツで会社もバンドもどちらも手を抜く事なく全力でこなしている。


バンドネームの「ガッツ」は正に彼の持ち前の根性(ガッツ)からで、
日中に現場で指先をカッターで切ってしまった夜にスタジオがあった日には


傷口を接着剤で引っ付けてギターを弾いていた(笑)





土曜の夜にスタジオが決まっていた二日前に体調不良で病院に行き、院内で倒れた時もあった…
その時は安静が必要と言われたにもかかわらず彼はスタジオにやってきた(∋_∈)
凍てつく様な真冬だったがなぜか汗だくな状態でやってきたのである。

あの時はメンバー全員思ったハズだ…

「まさにガッツ!」

その日はフラフラで汗ビッショリになりながらもガッツは自分の役割をきっちりとはたし四時間に渡るスタジオを終えた。

「ガッツ…今日ははよ帰りや〜」と言う私の言葉を聞きながら頷くガッツに、ドラムのポリエチレンが驚くべき言葉を放った…

「ガッツ、明日朝六時半から合わせようや!いける?」

さすがに無理やろうから止めようとしたがガッツは
「体調が悪いので…昼からなら大丈夫です!」と返していた(∋_∈)

そして昼からも二人で延々4〜5時間合わせたらしい(^_^;)


ガッツもドラムのポリエチレン同様LOUDNESSの樋口さんと親交があり、
樋口さんが亡くなられた事でかなりの精神的ダメージを受けていたので
健康を考えると無謀とも思えたあの日のセッションは二人にしか分からない何かがあったんやろうな…と思う。

上京して1つのバンドを10年以上率いてきたギター職人ガッツは、昭和音楽鹿鳴館に感情を散りばめた光の装飾と音色をまとわせる…
| 森 誠志郎(もり せいじろう) | 昭和音楽鹿鳴館メンバー紹介☆ | 19:14 | - | - | - | - |
『昭和音楽鹿鳴館』メンバー紹介…ドラム「ポリエチレン」

もはや趣味の範囲を越えてる…との声もありますが私のバンド『昭和音楽鹿鳴館』のメンバー紹介です♪

第一回目はドラムのポリエチレン!


彼と知り合ったのは10代の頃…
当時は別のバンドだったのですが何度か対バンしたりして顔は知っていました。と云うよりいつも迷彩ズボンを履いていたのでズボンで認識してた…の方が正解かもしれない!(笑)

彼はその頃からいいドラムを叩いていて目立った存在でしたが、その当時は同じバンドをするなんて思ってもみませんでした。

そんな彼と18歳の頃から同じバンドでプレイする事になり共に夢を追い続け頑張ってたのですが私が20歳になる前に脱退したのを期にそのバンドは解散となりました。

その後 彼は上京しプロドラマーとして13年もの間頑張ってきましたが、
家業であるポリエチレン会社を継ぐべく大阪に帰ってきました。

東京での13年間…華やかな時期もありましたが苦労の時期も長く、それを支え続けた19の時から共に歩んだ奥さんも ある意味『昭和音楽鹿鳴館の強力なメンバーの一人』だと私は思っています!

ポリエチレンと云うバンドネームは彼がポリエチレンの話ばかりするので私がつけました(笑)

それだけ今の仕事に真っ直ぐ向き合ってる証拠なんだと思います。

去年にお亡くなりになられたLOUDNESSの樋口さんには言葉では表せない位に色々お世話になり、
今再びスティックを握る彼の心の中には永遠に世界を相手に勝負し続けたドラマー樋口さんを追い続ける…そんな熱い思いがドラミングから伝わってきます。

週末スタジオのみならず、日曜日も楽器隊と合わせ…年末年始休暇も元旦を除く全ての休日に何時間も叩き続けていました。

ポリエチレンの熱いドラミングが天国の樋口さんに届く様に…
これからもガンガン行こうで!ポリエチレンっ!

| 森 誠志郎(もり せいじろう) | 昭和音楽鹿鳴館メンバー紹介☆ | 20:05 | - | - | - | - |
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